オイル

「そういえばあん時さー」
「『そういえば』が勿体ない」
「それ言うならツッコミで使っちゃうのももったいなくねー?」
「別にいいよ。どうせみんな最後だと思って自棄になってるし」
「じゃあ言うなよ」


データの転送量に限りがあるとわかって40年経った。
最初は誰もそんなことを信じていなくて、
好き勝手に通信機器を使いまくった。
当時はスマフォとか流行ってたし。


それから少し経って、
本当にデータ通信は終わってしまうことがわかった。
節通を訴える人が増えた。
インターネットで。
結局、一度便利になってしまった人の生活は、何も変わらなかった。


「でもさー、実感ないよなー」
「まあね」
「俺らも初めて会った時は若かったけどさー。もう年寄りなわけじゃん」
「じゃん」
「もう年寄りじゃろ」
「いや、うん、そういうのはいらないかな」


私たちは45年くらい前にSNSで意気投合してから、
だらだらと友達付き合いを続けている。
お互い一度は結婚したが、どちらも長続きせず別れてしまった。
やっぱり物理的に近い付き合いは面倒くさい。


PCの脇にあるテレビでは通信枯渇の特番をやっている。
画面端に通信残量のメーター。
番組が始まった時は満タンだったメーターが、今は殆ど0を指している。
「もうまもなくです」とアナウンサーが言った。


「あ、そういえば」
「『そういえば』が勿体ない」
「パクんな、じゃなくて。さっき『あん時さー』とか言ってたでしょ」
「だっけ?」
「思い出せ、最後の最後に気持ち悪いわ」
「なんだったかなー」
「・・・」
「・・・」
「まぁいいや。今まで楽しかったよ」
「うん、こちらこそ、ありがとう…って、あー、思い出した」
「何?」
「あんと」


映像と音が途切れる。
データ通信が終了してしまった。
ちょっと笑ってから、涙が出た。




どうしても気になったので電話をかけた。